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 国家神道 その二

立正安国論に曰く、「悲しいかな数十年の間、百千万の人魔縁に蕩(たぶら)かされて、多く仏法に迷えり、傍を好んで正を忘る。善神怒りを為さざらんや。円を捨てて偏を好む、悪鬼便りを得ざらんや。」
魔縁とは随神道の扇動である。仏教に迷うとは廃仏毀釈の暴令である。傍を好むとは皇室の権勢を疑して宗教に代える事である。正を忘るとは鎮護国家の妙典を拠(なげう)ち立正安国の宗教を擱(さしお)いた事である。天照、八幡、国土守護の神をして正法甘露の味に餓えしめ、徒に酒肉の腥(なまぐさ)きをすすめて、鬼神の怒りを発さしめた。
円を捨つるとは、一切の科学、哲学、思想、宗教の淵源たるべき円満具足の仏教を捨つる事であり、偏を好むとは、科学の詮議に陥り、権力を神聖視する事である。
万国の悪鬼は、是を好機として日本国に乱れ入った。是に於いて随神道の名は有れども、其の正体は権力を争う阿修羅道となり、名利を漁る餓鬼道となり、愚痴にして飽満する畜生道となった。其の果報として現世に感得したるものは何ぞ。世界万国諸列の間に最劣等国として待遇され乍ら、何等の抗弁をも為すこと能はざる境涯に転落した。昨日迄、天孫民族と誇りし男女が今日は夷狄の兵奴の為に靴を磨き、不浄を灑ぐ者、彼一名に我十名を以って奴婢として供給して居るではないか。
随神道の妄想の夢、即座に覚め果てざるを得ない。今こそ正しく、随神道の謬見と自ら想い知るべき秋である。
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 国家神道 その一

【国家神道】 敗戦亡国まもなくの頃と思われる?

 日本国最初の歴史書ー古事記三巻は、元明天皇の和銅五年正月に献上せられし書物である。其の上巻の冒頭に曰く「天地初発の時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)此の三柱の神は、並に独神成りまして、身を隠し給ひき」
次に元正天皇の養老四年五月に、日本書記三十巻、系図一巻を奏上した。其の神代の巻の冒頭に曰く、「故れ天、先ず成りて地、後に定まり、然して後、神聖其の中にうまれます。」是等の歴史を案ずるに、日本民族が天地を認識すると同時に、其の中に神聖を認識した事がわかる。国土の経営も、国家の創立も他の諸々の事件は何れも皆、それより後の事とした。仰いで蒼天を見、伏して大地を見た。其の時から真っ先に神聖を見た。
天地を直ちに神と云わずして天地の中に別に人格的なる神を認めた。神髄(かんながら)と云う事は、天地の中に人格的なる神を認むる事である。此の所に宗教の起源が有る。
其の後、寒来り暑往きて歳月は経ち、人間は且つ生まれ且つ死にて百千代に及べども、天地の中に神聖の存在を認識する宗教的生活に変化を生ぜないと云う事が即ち神ながらの道である。
近古の兵学者、古道者、偏狭に従って排他の暴言を吐き、日本の史書に載せざる処は神に非ず、国に非ざるが如く憶ひ、数々儒教を謗り、専ら仏教を嫌う。隋神道と称するが故に日本民族は無条件に之に従う。皇道と称するが故に国民は之を非議する事を憚る。
上、皇室をたばらかして神道の祭祀に奉伺せしめ、皇室より仏教を全然絶縁せしめ、下、万民を脅かして仏教を捨てしめ、出家僧尼を還俗せしめ、寺院殿堂を破壊し、仏像経巻を焼却せしめた。
日本国に興隆三宝の詔勅発布已来、未曾有の暴虚を壇(ほしいまま)にした。
立正安国論に曰く、「悲しいかな数十年の間、百千万の人魔縁に蕩(たぶら)かされて、多く仏法に迷えり、傍を好んで正を忘る。善神怒りを為さざらんや。円を捨てて偏を好む、悪鬼便りを得ざらんや。」
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