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日蓮大聖人「立正安国論」奏進 七百五〇年、立正安国御祈念

国会御祈念2009.4.-s
国会御祈念中の石橋行受上人、大津行秀上人、中本君

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日蓮大聖人様『立正安国論』奏進七百五十周年立正安国御祈念 秋

日蓮大聖人様『立正安国論』奏進七百五十周年立正安国御祈念 秋
南無妙法蓮華経                               

「非暴力は臆病者が取る道ではない。それは死に相対する心構えができている勇気ある者の取る道である。剣を滅ぼす者はいかにも勇敢である。が一指も挙げずに尻込みせずに死に直面する者はさらに勇敢である。しかし打たれることに恐れて自分の所有を与えてしまう者は臆病者であり、非暴力の信奉者ではない。」 マハトマ、ガンジー

この事は『憲法九条』論議にも言えるようだ。過っては、共産ソ連の脅威を煽り、今は中国、北朝鮮の軍事力を必要以上に強面に大声で叫ぶ好戦論者はいかにも勇敢に見える。
しかし、アメリカが行った理不尽極まりない原爆投下、アフガン侵略、イラク侵略による大量殺人、破壊には唖の如く一言も言わぬのはどうした事か。この者達の卑怯な世迷言に付き合っていたならば、過って日本が明治維新より廃仏棄釈し富国強兵―軍事大国―海外派兵―大戦争と突き進みー原爆投下、そして都市は空爆によりことごこく破壊され、三百万余の戦死者を生み、惨めに敗戦亡国した悪夢を再び歩むことになるとは想わないのだろうか。

第二次世界大戦中、暴力を信じ、軍事力を過信し、軍事産業を太らせ、自由を奪われ惨めに敗戦亡国し、あれから半世紀以上たった今でも属国的屈辱を受けている日本と、非暴力を信じ、精神力を信じ、ほとんど犠牲者も出さず、数百年の植民地支配より独立解放したインドとどちらが優れた方法であり、智慧があり、人類が取るべき道か明々白々である。

国家を人体に喩えるならば、憲法九条は人間の奥底に輝く仏性であり、良心である。この力が弱まれば、人は粗暴になり常軌を逸し顛倒して阿鼻叫喚し地獄絵巻を演じて行く。
逆にこの力が強まれば、人は穏やかに慈悲深くなる、慈悲深き人が多くなれば社会は静かに安定し平和に浄土化する。
始まったばかりの二十一世紀を血で赤く染めてはならぬ。疑いと騙し合いと欲面と憤怒より解放されたなら軍隊も核兵器も必要ない。軍隊と核兵器が無くなれば人類はもっと豊かになり、安心して暮らせる。忍耐強く更に忍耐強く仏性を覚醒させ、九条を日本に世界に広めましょう。これが二十一世紀の私達の仕事です、御祈念です。

御祈念案内 
所―国会議事堂前
時―平成二十一年十月一日より三十日 (平日)
時間―午前十時より午後五時
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 合掌三拝        
 日本山妙法寺 伊東道場 大津行秀

南無妙法蓮華経 合掌三拝 立正安国世界平和御案内

南無妙法蓮華経 合掌三拝 立正安国世界平和

暑中お見舞い申し上げます。
小生は現在台湾で修行をしておりますが、九月下旬に帰国して十月一日より一個月間立正安国世界平和の国家御祈念を誓願しました。
二十年余の前より国家前途の一大事と思う時に一ヵ月間、時に半年間国会前に座り一心に祈りました。
今回は選挙も終わり新しい政府の元での最初の国会です。水面下での国家予算編成の時期でもあり、各省庁並び日本全国から地方自治体の首脳達が予算分取り合戦で政治家に陳情で国会にお百度参りする時期でもあります。せっかくのお参りですから帰りの土産に御題目様を八識心殿の奥底に植え付けて帰ってもらいたく思って居ます。

御祈念の趣意書が出来ましたので送らしていただきます。        合掌三拝

日蓮大聖人「立正安国論」奏進 七百五〇年、立正安国御祈念

日蓮大聖人「立正安国論」奏進 七百五〇年、立正安国御祈念
日本国に生を受け、国の恩を報ぜんが為に、立正安国の御祈念を我が国の最高決議機関である国会議事堂前で、四月一日より五月一日の1ヶ月間、朝十時より夕方五時迄、一日七時間、撃鼓宣令して勤めました。日蓮大聖人様の「立正安国論」奏進の跡を踏もうと思った訳であります。無学にて不徳の者 立正安国論を作ることも奏進することもできませんので御題目様を一心不乱で唱えました。

 時に国会では、米軍再編、国防会議に軍人参加(文民統制の喪失)、ソマリヤ派兵等の亡国軍事法案が目白押しに話合われており、清澄での立教開宗会の前後に次々と衆議院で可決しました。

過って日本が富国強兵、海外派兵し、終に敗戦亡国した道を今度はアメリカに隷属して突き進もうとしております。何んと愚かな事でしょう。しかし、
嘆き悲しんでばかりおられません、日蓮大聖人様や藤井日達聖人様が残された教えである立正安国世界平和の御題目を天鼓毒鼓にのせて、声高らかに唱え、国に立ち込める暗雲を打ち消して国難を救わねばなりません。

唱えられし御題目様が国家政治中枢の人々の心の奥底に潜む仏性に響き、呼び覚ますことにでもなるならば、これが現代の「立正安国論」の奏進にあたるかもしれません。
                            
立正安国の御祈念を喜び楽しむ人には天鼓に聞こえ、喜ばずして怒り仇を為す人には毒鼓と聞こえる事でしょうが、順逆共に救われる教えですから何も心配する事はありません。立正安国の御祈念は対象を国家と定むと雖も決して反体制、反権力でも無い、敵も味方も無い、其処には唯御題目様によって救われなければならない彼と我、そして国家や世界があるのみであります。


御祈念の最終日の五月一日メーデーは全国の労働者たちが各地でお祝いをしている真っ最中である。ちょうどその時、国会議事堂脇の憲政会館では、新憲法制定議員同盟主催の憲法改悪総決起大会が催された。九条改悪をもくろむ巨魁達が一堂に会した。此処こそが、憲法改悪、亡国推進の本体であり総本山である。小生達は亡国地獄の道を防がんが為に大会正面前で御祈念した、少人数であったが実に気合の入った祈りであった。これをもって、この1ヶ月間の立正安国御祈念を終了した。

いよいよ明年は、憲法九条改悪案が国会に提出されるやもしれない。日本国が平和主義を維持できるか、或は亡国の道に迷い込むか、否かの正念場である。正に立正安国の御祈念を激しく、華麗に努める時である。

地湧の菩薩よ、目を覚まし地を割って現れよ。法華経の行者よ、咽喉より血が吹き出すまで御題目を唱えよ。

また明年は、伊豆法難会より七百五〇周年でもある。
今回の御祈念が、日本山創世記の皇室御祈念、帝都御祈念の由緒ある巣鴨道場を拠点として勤められたことに御師匠様や先達の方々の強力な御力を感じてならない。

御祈念に参加された諸師は、西天竺森田上人、南天竺並び旭川道場石谷上人木村法尼、米国二ユーヨーク並び巣鴨道場石橋上人、中本安洋君と小生であった。

南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 合掌三拝
平成二十一年五月三日 憲法記念日   日本山妙法寺 国会前臨時青空道場 大津行秀
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